タスク管理アプリ(GTD)を10年ほど前に知ってから、講座を始めるときも、引っ越しをするときも、新しいことを始めるたびにアプリにタスクを書き出して進めてきた。その私が、なぜあえて紙の手帳を作ったのか。10thly Journalを作るまでの経緯を書いておきたい。
アプリだけでは、終わったことが消えていく
手帳はもともと好きだった。小中学生の頃から使っていて、高校では勉強の記録もつけていた。でもアプリを知ってから手帳が要らなくなり、2〜3年ほとんど使わない時期があった。当時の手帳は「やりたいことリスト」や「今年の目標」を書いてテンションが上がって、そこで終わる。文房具として好きで持っているだけの状態だった。
数年アプリだけでやってみて、ある問題に気づいた。いろいろやっている割に、できている感覚や自己肯定感が上がらない。アプリの弱点は、終わったタスクがアーカイブされて見えなくなることだ。行動している割に、自分に何も残らない。
一方で手帳の良さは、机に開いて置いておけて、いつでも見られること。できたことのログが積み重なって、「自分ってこんなに日々やっているんだ」と客観視できる。ただ手帳は書き直しがしにくく、具体的な目標に向かって動くには弱い。だから今はアプリで日々の行動を進め、手帳で振り返りと俯瞰、その時々で自分にとって大事なことを管理している。両方必要、というのが今の考えだ。
産後、手帳を開かなかった数ヶ月
出産をしたとき、1月後半から3月頭までまったく手帳を開かなかった時期がある。その間は「何もできなかった、全然動けていない」という感覚が強かった。3月から書き始めて、「書いていなかったからダメだったんだ」と気づいた。書くと全然違う、という体感がある。
一時期はTodoistだけにして手帳を手放していたこともあった。でも終わったタスクの記録がアプリのアーカイブの中に見えなくなってしまうのが不便で、「私って何もできてない」と自己評価が下がってしまうことに気づき、また手帳を復活させた。
Kaname Ringだけは、手で書く
Todoistにハマって手帳を使わなかった時期、行動はできていて、成功のほうには前より近づいていたかもしれない。でも「書いたタスクを全部終わらなくても、幸せだったらいい」という幸せのKaname Ringが、全くできていなかった。それもあって、この手帳を作った。
Kaname Ringは、今大事にしたいものを最大3つ選び、割合を円グラフに書き込むものだ。きれいに書く必要はない。産後の1月・2月はほぼ真っ白で、妊娠中つわりの頃は「虚無30%」、3月は「もやっとしてカナメがない、カナメ0%」と書いた。枠を気にせず書けばそれでいい。
Kaname Ringに何を書くかを考える時間は、スマートフォンを手放す時間にもなる。長男のときは育児の不安から調べものが止まらず、常にスマートフォンを握っていた。次の出産に向けては、産後育児・仕事・自分の心地よさを40:40:20とKaname Ringに書き、産後育児の内訳のひとつに「デジタルデトックスをする、スマホは別室に置く」と書いた。
紙とペンで、自分で決める
以前、ある参加者が「頭がAIになりがちだけど、紙とペンをルーティンに入れてみる」と話してくれたことがある。今のAIは本当にすごくて私もよく使うけれど、もやもやを聞くとすぐ大量に答えが返ってきて、自分で決めることから遠ざかりがちになる。だから紙とペンを取り入れて、AIの返信ではなく自分で文字にしておく。AIの返信は外側からの答えで、頼り続けると他人軸に近づいてしまう。
タスクを書き出す道具は何でもいい。パソコンやスマホのメモでも、ノートや付箋でも、手帳でもいい。目標ややりたいことを行動に落として実現していくのは、アプリの方が向いている。10thly Journalはそれとは完全に別のものとして作った。心豊かな暮らしや自分らしさ、自分の取扱説明書として使ってもらう場所。Kaname Ringのように「今の自分にとって何が大事か」を確かめるときだけは、手で書く。10thly Journalは、そのための手帳だ。




